« なぜ人はソーシャル・エンジニアリングにだまされるのか(1) | トップページ | なぜ人はソーシャル・エンジニアリングにだまされるのか(3) »

2009年2月12日 (木)

なぜ人はソーシャル・エンジニアリングにだまされるのか(2)

TECHWORLDの記事「なぜ人はソーシャル・エンジニアリングにだまされるのか」からのつづきです。

 感情は、脳内の小さな部分から生まれるものではない。感情は湧き出るものである。それはむしろ、皮質の前頭葉や側頭葉などの多くの部分が、入り組んだ相互作用の結果として生まれ出てくるのである。
 感情と論理的思考を司る脳の部分が、互いに反目する場合もある。これが理性と感情を分けることが難しい理由だ。これらの部分が衝突すると、感情が論理を圧倒してしまう。

 例えば、人が恐怖に対してどのように対処するかを考えてみよう。サイエンス・ライターであるSteven Johnson(スティーブン・ジョンソン)氏は、目前に迫る危険に対する人の反応を調べ、恐怖に対する反応を「瞬間的かつ精巧な生理学的機能の複合」であると指摘している。闘争・逃走反応とよく言われるが、この反応を見れば、脳と身体が意識とは独立して機能する自律システムであることがよくわかる。

 人は、以前に闘争・逃走反応を起こした状況に再び遭遇すると、感情的反応に支配される。このような反応が何の得もないと論理的に感じていても、感情的な反応をしてしまうのだ。
 悪徳政治家やスパイ、詐欺師などは、感情──特に恐怖に訴えることで感情的反応を引き出すことが有効な手段であることを知っている。ソーシャル・エンジニアも同様だ。

(中略)

 多くのソーシャル・エンジニアは、人の恐怖、好奇心、欲そして同情心につけ込む。これらは普遍的な感情であり、だれもが恐怖を抱いたり、興味を持ったり、貪欲になったり、同情的になったりするためである。

 もちろん、恐怖と好奇心が役に立つことも少なくない。燃えさかる家から逃げるのは当然のことであるし、好奇心は自分に目標を課したり、新しいことを学ぶのに役立つ。しかし、その反面、恐怖心や好奇心に駆られて危険な行動に出たり、好ましくない結果を引き起こしたりする。

(どこかの論理的思考の本のオビにも書いてあったような気がするが)論理的思考の最大の阻害要因は「感情」と「先入観(思い込み)」だとされています。これは私も同感しています。これらにより論理的思考(理性)が圧倒され、本来できるべき判断や取るべき行動もできなくなってしまう、ということですね。

そして、これらを巧みに操り、自分の意図するように相手の行動を誘導するのが、ソーシャル・エンジニアリングです。この記事にあるように「恐怖と好奇心が役に立つことも少なくない」わけで、これは人間が日常生活をする上で、重要な能力でもあるわけです。しかし、これ(感情)を時と場合によっては制御し、論理的思考(理性)を優先させて判断や行動をする…、ということはかなり困難なことです。

だから、騙されやすいし、不正も見抜けなくなる、そうなるのです。これは、まさに人間としての能力的限界でもあると思っています。

また、次回以降にこのつづきを書きます。

|

« なぜ人はソーシャル・エンジニアリングにだまされるのか(1) | トップページ | なぜ人はソーシャル・エンジニアリングにだまされるのか(3) »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/98720/27979179

この記事へのトラックバック一覧です: なぜ人はソーシャル・エンジニアリングにだまされるのか(2):

« なぜ人はソーシャル・エンジニアリングにだまされるのか(1) | トップページ | なぜ人はソーシャル・エンジニアリングにだまされるのか(3) »